2020年4月21日火曜日

燕飛(猿飛)について 1


燕飛(猿飛)について 1

前回まで、小笠原玄信斎(真心陰流)の圓飛について話題にしてきましたが、その技術について検討する前に、燕飛についての概要について簡単に説明したいと思います。

まず、そもそも燕飛とは何か。
燕飛は上泉信綱が創始した新陰流の体系の中で最もはじめに位置する太刀(技)※1です。信綱が学んだ陰流の猿飛を元にしていると言われています。(愛洲陰流や新陰流についてはWEB上や色々な書籍に説明があるので省きます。こちらでも簡単に歴史を説明しています)

柳生家に伝わる上泉信綱直筆とされる『影目録』※2には
  1. 燕飛
  2. 猿廻
  3. 山陰
  4. 月影
  5. 浦波
  6. 浮舟
  7. 獅子奮迅
  8. 山霞

の八本が記載されています。

このうち、燕飛から浮舩までの六本が現在まで尾張柳生家系の新陰流各派に伝わっており、この六本を続け使い(技を区切らず、続けて稽古すること)にすることが特徴となっています。またこの六本を総称して燕飛と呼んでいるとのことです。

柳生家の影目録、疋田豊五郎直筆の猿飛の巻、丸目蔵人の伝書や新影流松田方、西一頓や蒔田次郎など上泉信綱直筆、もしくは直弟子の燕飛の巻の序文には共通して

「燕飛(猿飛)は懸待表裏の行。五箇の旨趣を以て肝要となす。いわゆる五箇とは眼・意・身・手・足なり。」

という文面が見られます。

この五箇(眼意身手足)は燕飛を語るにあたってかなり重要なキーワードですので、心の片隅に置いておいてください。今後の記事でも言及する事になります。いくつかの系統で、燕飛が剣術の基礎・基本を身に付けるためのものと位置付けられていますが、まさにこの懸待表裏と五箇が剣術の基礎にあたると思われます。(序文に関しては他の部分もほとんどの系統で共通していますが、今回は言及しません)

各系統の目録(体系)の比較

燕飛は現在の尾張柳生でこそ後の段階で学ぶことになっていますが、史料を見る限り、ほとんどの系統で最初に学ぶ太刀(技、形のこと)となっています。

これは、新陰流開祖の上泉信綱が学んだ陰流の初手が猿飛の太刀だったことをそのまま踏襲しているのだと思われます。こちら国立東京博物館 愛洲陰之流目録で現存唯一と思われる愛洲陰之流目録の画像を見る事が出来ます。絵図や順序など違う部分もありますが、八本目まで影目録の名称と同じです。

次の表は各系統のエンピの目録を比較したものです赤字・紫字は共通点、青字は陰流のみにあるものです。順序の入れ替わりや字の違いはあれ、どの系統もほぼ同じになっています。(こちらの記事で言及している通り、他の系統と違い、愛洲陰流と疋田豊五郎の猿飛には共通点があります。)

表‐ 各系統エンピの比較




次の図で上記表で言及した伝書の発給者についての系図を示しますのでご参考にしてください。

図 表で言及している伝書発給者系図


以上見てきたように、新陰流における燕飛は愛洲陰之流の初手を踏襲したもので、新陰流各派で開祖上泉信綱そのままの太刀の名称、目録として伝わっていました。前記の図表で言及した系統のうち、西一頓・牧田次郎の系統の伝承は途絶えたようですが、丸目蔵人佐の系統はタイ捨流として、疋田・柳生・松田の系統は新陰流(新影流)として明治維新を迎えています。とくにタイ捨流、疋田、柳生については現代まで存続しています。


※1 現在、柳生系の新陰流では燕飛は一番最初の技ではなく、後でまなぶ事になっているようです。参考:転会の教習課程と伝位
※2 影目録は第一 燕飛・第二 七太刀・第三 三学・第四 九箇の四巻が柳生家に所蔵されているそうです(柳生厳長 正伝新陰流 p62

参考文献

下川潮(1925)「剣道の発達」大日本武徳会,1925
柳生厳長「正伝新陰流」1957
宮本光輝,魚住孝至「愛洲陰之流目録(東京国立博物館蔵)の調査報告」国武大紀要第28号,2012

 燕飛の技法について


図‐エンピの伝承図

 上記の図は愛洲陰流の猿飛に始まる燕飛(猿飛、以下全体を差す場合はエンピとします)の伝承系図(※現在も伝承されているものの抜粋)です。次回は、図中赤枠で示している、尾張藩の新陰流(柳生)、薩摩藩の示現流、肥後藩の新陰流(疋田)のエンピについて、簡単に動作について比較します。
 この三流派は、系譜や技術の伝承過程が史料や諸記録によっておおよそはっきりしているので次回の検討対象とします。この三流派以外にも、タイ捨流・寺見流・薬丸自顕流・鞍馬楊心流・神道無念流・大石神影流などに燕飛もしくはそれ由来の技・形・組太刀がある(または可能性がある形がある)のですが、それらはまた違う機会とします。直心影流とその影響下の流派や形については次々回以降になると思います。

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